ユーミンの歌碑|一通の手紙から生まれ、奈留島の旅立ちを見送る歌
OVERVIEW
奈留港から坂道を上り、奈留高校の校門をくぐると、左手の庭園に一基の歌碑が立っています。
石積みの台座に据えられた、飾り気のない大きな石。そこに刻まれているのは、ユーミンこと松任谷由実さんが作詞・作曲した「瞳を閉じて」の歌詞です。
歌碑の文字は、ユーミン本人の直筆をもとにしたもの。
けれど、この場所の魅力は、有名な音楽家の文字を見られることだけではありません。
歌が生まれるきっかけとなったのは、奈留島で学ぶ一人の高校生が、遠く離れたラジオ番組へ送った一通の手紙でした。
海を越えた小さな願いに、一曲の歌が返ってくる。
その歌は正式な校歌にはならなかったものの、卒業生や島民に歌い継がれ、いつしか学校だけでなく奈留島全体の愛唱歌になりました。
ユーミンの歌碑は、歌手の功績をたたえるだけの記念碑ではありません。
島に残る人と、島を離れていく人。遠くにいる友人を思う気持ち。そして、故郷を心の中に持ち続けること。
奈留島で繰り返されてきた旅立ちの物語を、今に伝える場所です。
一人の高校生が、海の向こうへ送った手紙
物語が始まったのは、1974年。
現在の奈留高校が、まだ長崎県立五島高等学校奈留分校だった時代です。
奈留分校の女子生徒の一人が、深夜ラジオ番組の企画へ手紙を送りました。
手紙に書かれていたのは、奈留島で学ぶ自分たちのために、島を歌う校歌を作ってほしいという願いでした。
当時の奈留分校には、奈留島の景色や学校生活を歌った独自の校歌がありませんでした。
海に囲まれた島で過ごす高校生活。卒業すれば、進学や就職のために多くの若者が島を離れていく現実。
自分たちの故郷や青春を重ねられる歌がほしい――。
その切実な思いが、一通の手紙となって海の向こうへ渡ったのです。
手紙に応えたのは、荒井由実としてデビューして間もなかったユーミンでした。
こうして作られ、奈留分校へ贈られた曲が「瞳を閉じて」です。
島を訪れる前に描かれた、奈留島の風景
「瞳を閉じて」が生まれた当時、ユーミンはまだ奈留島を訪れたことがありませんでした。
手紙に託された思いや島の様子から、奈留島の海や山、離れて暮らす友人を思う人々の心を想像し、一曲の歌へと仕立てたのです。
曲の中に描かれているのは、海を隔てた誰かへ思いを届けようとする気持ちです。
海や船が日常のすぐそばにあり、卒業や就職を機に友人が島を離れていく奈留島では、その世界観が単なる物語ではなく、自分たちの暮らしそのものとして受け止められました。
「瞳を閉じて」は、1974年10月に発売された荒井由実のセカンドアルバム『MISSLIM』にも収録されます。
全国で聴かれる一曲となった後も、歌のふるさとである奈留島では、特別な意味を持つ歌として大切に受け継がれてきました。
歌碑を訪れる前に一度曲を聴き、奈留島の海を眺めながらもう一度聴いてみてください。
東京で想像されて生まれた歌と、目の前に広がる島の風景が、静かに重なっていきます。
校歌にならなかったからこそ、島の歌になった
「瞳を閉じて」は、当初の願いどおり正式な校歌として採用されたわけではありません。
それでも、歌が忘れられることはありませんでした。
奈留高校では愛唱歌として生徒たちに歌い継がれ、卒業式をはじめ、学校や地域の節目で大切に歌われてきました。
卒業生が進学や就職で島を離れる際には、港で「蛍の光」とともに「瞳を閉じて」が流され、旅立つ若者を見送ってきたといいます。
島に残る家族や友人。
船に乗り、新しい生活へ向かう卒業生。
少しずつ遠ざかる港と、見えなくなっていく奈留島。
その場面に寄り添ってきたからこそ、この曲は学校の枠を越え、奈留島の愛唱歌になりました。
決められた式典だけで歌う正式な校歌ではなく、一人ひとりの思い出や別れの場面と結びついた歌。
校歌にならなかった一曲が、結果として校歌以上に深く、島の人々の心へ根づいていったのです。
卒業生の手で建てられた、歌の記念碑
歌が贈られてから14年後の1988年、「瞳を閉じて」が音楽の教科書に採用されたことをきっかけに、奈留高校の卒業生たちの間で歌碑を建てる計画が持ち上がりました。
歌碑は、同窓生たちの手によって奈留高校の庭園に建立され、1988年8月14日に除幕式が行われました。
碑面に刻まれた文字は、ユーミン本人の直筆です。
除幕式にはユーミンも出席し、このとき初めて、自分が歌を贈った奈留島を訪れました。
手紙から想像した島へ、14年の時を経て実際に足を運ぶ。
島の高校生から届いた一通の手紙に歌で応え、その歌を大切にしてきた卒業生たちが、今度は歌碑という形で返事をする。
ユーミンの歌碑は、歌手とファンの関係だけでは語れない、何十年にもわたる往復書簡のような存在です。
その後も「瞳を閉じて」と奈留島の物語は、テレビの紀行番組やドキュメンタリーで繰り返し紹介されてきました。
2015年には、奈留高校の創立50周年を迎える節目に、ユーミンが27年ぶりに奈留島を訪問。
世代が変わっても生徒や島民に歌い継がれていることを知り、「瞳を閉じて」がすでに自分一人の歌ではなく、奈留島の歌になっていることを確かめました。
見どころは、ユーミンの直筆と素朴な佇まい
歌碑があるのは、奈留高校の校門を入って左側です。
観光地らしい大きなゲートや、華やかな展示施設があるわけではありません。
木々に囲まれた学校の庭園に、自然な形を生かした石碑が静かに置かれています。
碑面には「瞳を閉じて」の歌詞が、ユーミンの直筆をもとに刻まれています。
活字ではなく、本人が書いた文字だからこそ、一つひとつの線に温度が感じられます。
1974年、離島の高校生へ届けられた歌。
1988年、卒業生たちが未来へ残そうとした歌。
そして現在も、奈留高校の生徒や島民に歌い継がれている歌。
目の前にあるのは一枚の石ですが、その文字を追っていくと、半世紀を超えて続く人と人とのつながりが見えてきます。
歌詞を読むことに夢中になりすぎず、歌碑を取り囲む学校の空気や、奈留島の風、遠くから聞こえる生活の音にも耳を澄ませてみてください。
ここは過去を保存しただけの記念碑ではなく、現在も生徒たちが学び、島の時間が流れている場所です。
「旅立ちの歌」が生まれた島を歩く
奈留島を訪れると、「瞳を閉じて」がこの島で大切にされてきた理由が、少しずつ見えてきます。
島の外へ出るには、船に乗らなければなりません。
進学や就職で故郷を離れる若者にとって、奈留港は日常と新しい世界との境界です。
島を離れる人は、船の上から家族や友人を見送る。
港に残る人は、船が小さくなるまで海を眺める。
スマートフォンでいつでも連絡できる時代になっても、船で海を渡る別れには、離島ならではの距離があります。
「瞳を閉じて」が描く、遠くにいる人を思う気持ちは、そうした奈留島の暮らしと深く重なっています。
ユーミンの歌碑を見学した後は、奈留港や海辺にも立ち寄ってみてください。
島の風景の中で曲を聴けば、歌詞の中にある海や旅立ちが、より身近なものとして感じられるはずです。
ユーミンファンでなくても訪れたい理由
ユーミンの歌碑は、松任谷由実さんのファンにとって特別な聖地です。
一方で、この曲を詳しく知らない人にも、ぜひ訪れてほしい場所です。
ここに残されているのは、一人の有名音楽家の記録だけではありません。
小さな島の高校生が、自分たちの故郷を歌ってほしいと願ったこと。
その願いが海を越え、一曲の歌となって戻ってきたこと。
歌を受け取った人々が、卒業して島を離れた後も曲を忘れず、仲間と力を合わせて歌碑を建てたこと。
さらに、その歌が次の世代へ受け渡されていること。
ユーミンの歌碑は、誰かの思いに応えることや、故郷を記憶し続けることの大切さを教えてくれます。
豪華な観光施設ではありません。
見学に必要な時間も、それほど長くありません。
それでも、碑の前で物語を知り、奈留島を離れる船に乗るころには、この小さな歌碑が旅の中で忘れられない場所になっているはずです。
奈留島の旅の始まり、または最後に
ユーミンの歌碑は、奈留港から車で約5分、徒歩で約24分の場所にあります。
港から比較的近いため、奈留島へ到着した直後に訪れることも、帰りの船へ乗る前に立ち寄ることもできます。
旅の初めに訪れれば、「瞳を閉じて」の物語を心に置きながら、千畳敷や江上天主堂、ノコビ浦などを巡ることができます。
旅の最後に訪れれば、自分自身が奈留島を離れる立場となり、島の人々が繰り返してきた別れや旅立ちを、少しだけ身近に感じられます。
特におすすめしたいのは、歌碑を見た後、奈留港へ戻る道です。
港へ近づくにつれて視界が海へ開き、やがて島を離れる船が見えてきます。
一人の高校生の手紙から始まった歌が、なぜ今も奈留島で歌われているのか。
その答えは、歌碑だけでなく、島を囲む海や港の風景の中にもあります。
訪問前に知っておきたいこと
ユーミンの歌碑は、現役の奈留高校の敷地内にあります。
一般的な公園や観光施設ではないため、見学の際は必ず奈留高校へ声を掛け、学校側の案内に従ってください。
歌碑は校門を入って左側にあります。許可なく校舎内へ入ったり、見学に必要のない場所まで歩き回ったりしないようにしましょう。
授業中や学校行事の際は、声や物音を抑え、生徒や教職員の活動を妨げないことが大切です。
生徒や教職員が写り込む写真や動画も、本人や学校の許可なく撮影しないでください。
現地で「瞳を閉じて」を聴く場合は、スピーカーで大きな音を流さず、イヤホンを利用するのがおすすめです。
見学料は無料です。
駐車場を利用する場合も、奈留高校へ声を掛けてください。歌碑専用のトイレはありませんので、奈留港や周辺施設で事前に済ませておくと安心です。
学校行事、入試、休校日などにより見学できない場合もあります。訪問日が決まったら、事前に奈留高校へ確認しておきましょう。
LOCATION
立地
アクセス
【奈留港から】
奈留港から車で約5分、徒歩で約24分です。
奈留高校は港より高い場所にあり、学校の手前には坂道があります。徒歩で訪れる場合は、歩きやすい靴がおすすめです。
歌碑は、奈留高校の校門を入って左側にあります。到着したら、見学前に学校へ声を掛けてください。
【駐車場】
奈留高校の駐車スペースを利用できますが、利用前に学校へ声を掛けてください。
学校行事や教育活動の状況により、駐車できない場合があります。
【福江港から奈留港まで】
福江港から奈留港までは、五島旅客船の高速船で約30分、フェリーで約40分が目安です。
運航日や経由地によって所要時間が変わるため、最新の時刻表を確認してください。
【島内の移動】
歌碑だけを訪れる場合は奈留港から徒歩でも向かえます。
江上天主堂、千畳敷、ノコビ浦の防風堤などとあわせて巡る場合は、レンタカーやレンタサイクルを事前に手配すると便利です。
NOTES
備考
- 歌碑は現役の奈留高校の敷地内にあります。
- 歌碑は校門を入って左側の庭園にあります。
- 校舎内や、見学に必要のない学校施設へ立ち入らないでください。
- 授業、部活動、学校行事などの妨げにならないよう、静かに見学してください。
- 生徒や教職員を、許可なく撮影しないでください。
- 音楽を聴く場合はイヤホンを使用し、スピーカーで大きな音を流さないでください。
- 駐車場は利用できますが、奈留高校へ声を掛けてください。
- 歌碑専用のトイレはありません。
- 取材や商用目的の写真・動画撮影は、事前に奈留高校へ確認してください。
- 船は天候により遅延・欠航する場合があるため、出発前に運航情報を確認してください。

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