旧五輪教会堂|海を渡り、祈りをつないだ久賀島の小さな木造教会
OVERVIEW
久賀島の東岸、奈留瀬戸に面した五輪集落。来訪者用駐車場から山道と海沿いの道を進むと、森と入江の間に、瓦屋根を載せた小さな木造教会が現れます。
尖頭アーチの入口に十字架がなければ、昔の学び舎や集会所と見間違えてしまうかもしれません。けれど、その素朴な扉の向こうには、木造のリブ・ヴォールト天井が連なる、本格的な祈りの空間が広がっています。
ここは、五島列島・久賀島に残る旧五輪教会堂。
豪華さや大きさで人を圧倒する教会ではありません。それでも、船に乗り、細い道をたどり、最後は自分の足で歩いて会いに行きたくなる――。旧五輪教会堂には、人々が守り、運び、次の世代へ手渡してきた「祈りの時間」が、そのまま残されています。
道が尽きた先で出会う、海辺の祈りの家
旧五輪教会堂が建つのは、久賀島東部の小さな入り江のそば。背後には深い森が迫り、目の前には奈留瀬戸の海が広がります。
陸路では教会堂のすぐ近くまで車で行くことができません。来訪者用駐車場から約500メートル、山道と海沿いの道を歩いて向かいます。所要時間は、およそ10〜15分です。
少し不便に思える道のりも、この場所では大切な旅の一部。木々の間から海を眺め、潮の香りや波の音を感じながら歩いていると、なぜ人々がこの人里離れた土地に集落を築き、信仰を守ろうとしたのかが、少しずつ実感を伴って見えてきます。
木立が開けた先で、旧五輪教会堂の十字架を見つけた瞬間。その小さな姿は、目的地に到着したという以上の感動を与えてくれます。
浜脇から五輪へ。海を渡って引っ越した教会堂
旧五輪教会堂は、もともと現在の場所に建てられたものではありません。
1881年、久賀島で最初の教会堂となる「浜脇教会堂」として、島の浜脇地区に建てられました。
久賀島では、禁教が解かれる直前の1868年に、五島各地へ広がる大規模な迫害「五島崩れ」が始まりました。長く信仰を隠さなければならなかった人々や、その苦難を受け継いだ子孫にとって、公に祈ることのできる教会堂を持つことは、新しい時代の始まりを意味していました。
それから約50年後の1931年、浜脇教会堂の建て替えが決まります。古い教会堂は取り壊される予定でしたが、長い間、自分たちの教会を持たなかった五輪地区の信徒が譲り受けることになりました。
五輪集落は切り立った斜面の下にあり、陸路で大量の建材を運ぶのは困難でした。そこで教会堂をいったん解体し、その部材をいかだに載せて海から運び、現在地で再び組み上げたと伝えられています。
建物そのものが海を渡り、新しい土地で再び祈りの場となったのです。
移築後は約50年間、五輪地区と蕨小島の信徒たちの心のよりどころとなりました。1985年、すぐ近くに現在の五輪教会が建てられると、旧教会堂はその役目を終え、一度は解体される危機を迎えます。
しかし、地元住民や関係者から保存を求める声が上がり、建物は旧福江市、現在の五島市へ寄贈されました。修復を経て、1999年には国の重要文化財に指定されています。
浜脇から五輪へ運ばれたとき。そして、解体の危機から守られたとき。
旧五輪教会堂は、二度にわたって人々の手により未来へつながれた教会なのです。
外は和風、扉の向こうにはゴシックの空間
旧五輪教会堂の第一印象は、驚くほど素朴です。
木造平屋建てに瓦屋根。板張りと漆喰を組み合わせた外壁は、日本の民家や昔の学校を思わせます。西洋の教会らしさを強く感じさせるのは、尖頭アーチを描く入口や窓くらいです。
ところが、扉をくぐると印象は大きく変わります。
内部は、中央の身廊と左右の側廊からなる三廊式。天井には木の板を組み上げたリブ・ヴォールト、通称「こうもり天井」が連なり、奥にはゴシック風の祭壇が置かれています。
側廊の天井を支えるリブの起点を中央部より低くすることで、身廊の天井が実際以上に高く感じられるよう設計されています。小さな建物でありながら、祭壇へ向かって視線が自然に導かれ、空間に奥行きと荘厳さが生まれているのです。
木肌を残した柱や天井と、白い漆喰壁がつくる落ち着いた空間。豪華な石材や装飾に頼らず、身近な木材と地元の大工技術を使って、西洋の教会建築を表現しています。
外観に残る日本の伝統建築と、内部に広がるキリスト教会の空間。その対比こそ、旧五輪教会堂最大の建築的な見どころです。
「本物ではない」からこそ心に残るステンドグラス
入口の上部には、十字架の模様が入った色鮮やかなガラスがあります。
一見するとステンドグラスに見えますが、実は2枚の透明なガラスの間に、色の付いたセロハンを挟んだものです。
かつて側面の窓にも、2枚のガラスの間に水彩画を挟み、ステンドグラスのように見せる装飾が施されていました。その一部は現在、五島観光歴史資料館で展示されています。
高価な材料や専門技術を簡単には手に入れられなかった島の人々が、「少しでも美しい祈りの場所にしたい」と知恵を絞った手作りの装飾です。
完璧な西洋建築をまねるのではなく、自分たちが使える材料と技術で、自分たちの教会をつくる。その慎ましい工夫に気づいたとき、旧五輪教会堂は単なる古い建物ではなく、当時の人々の暮らしや思いが残る場所として見えてきます。
世界遺産なのは、教会堂だけではない
旧五輪教会堂は、2018年に世界文化遺産へ登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産内にあります。
ただし、世界遺産として登録されているのは、旧五輪教会堂という建物だけではありません。正式な構成資産名は「久賀島の集落」です。
18世紀末以降、外海地方などから久賀島へ移住した潜伏キリシタンたちは、島の奥地や海辺など、それまで十分に開拓されていなかった土地に集落を築きました。表向きは地域の社会に溶け込み、仏教徒の住民とも助け合いながら生活し、その内側で密かに信仰を受け継いでいきました。
1873年に禁教が解かれると、信徒の一部はカトリックへ復帰し、島の各地に教会堂を建てます。旧五輪教会堂は、隠れて守られてきた信仰が、ようやく目に見える教会という形になったことを伝える建物です。
つまり、この教会堂が物語るのは、潜伏そのものだけではありません。
人里離れた土地へ移住して信仰をつないだこと。異なる信仰を持つ人々と共に暮らしたこと。そして禁教の終わりとともに、再び公に祈り始めたこと。
海、森、細い土地、集落、墓地、教会堂。それらが一体となって残っているからこそ、「久賀島の集落」は世界遺産となっています。
旧五輪教会堂を訪れたら、建物だけを見て帰るのではなく、教会を取り囲む地形にも目を向けてみてください。波の音が届く距離に海があり、すぐ背後には森が迫っています。その風景自体が、ここで信仰を守った人々の歴史を語っています。
華やかではない。それでも、忘れられない
旧五輪教会堂には、巨大な塔も、豪華な彫刻もありません。
あるのは、潮風にさらされてきた木の壁と、瓦屋根。そして、限られた材料でつくられた天井や窓、祭壇です。
けれど、その一つひとつに目を凝らすと、島で暮らした人々の手仕事と、祈りのために建物を守り続けた時間が見えてきます。
教会堂を海から運んだ人たち。ここで何十年も祈った人たち。取り壊さず残そうと声を上げた人たち。
旧五輪教会堂の魅力は、有名な建築家がつくった壮麗さではなく、名も残らない多くの人の思いによって、今もここに存在していることです。
船を乗り継ぎ、山道を歩いて、ようやくたどり着く小さな教会。
その静かな空間に立つと、「わざわざ来てよかった」という言葉が、きっと自然に浮かんできます。
訪問前に知っておきたいこと
旧五輪教会堂の内部見学には、個人・団体を問わず事前連絡が必要です。ウェブでの申し込みは、原則として訪問日の2日前まで。期限を過ぎた場合は、インフォメーションセンターへ電話またはメールで相談してください。
現在、旧五輪教会堂ではミサや宗教行事は行われていません。宗教行事は、民家を隔てて建つ現在の五輪教会で行われています。新しい教会は今も信徒が祈る場所であるため、周辺では静かに行動しましょう。
旧五輪教会堂は、長崎県内の教会としては例外的に、個人鑑賞を目的とした内部撮影が認められています。ただし、取材や広告、パンフレット、ウェブメディアなど商業目的の撮影・掲載には、別途申請が必要です。
駐車場から教会堂までは、細く滑りやすい山道や海沿いの道を歩きます。歩きやすい靴と動きやすい服装で訪れてください。久賀島内には路線バスなどの公共交通機関がないため、島内のタクシーやレンタカーは事前に手配しておくのがおすすめです。
また、船は天候や波の状況によって遅延・欠航することがあります。時間に余裕を持ち、船便と島内交通、教会堂の見学予約をセットで計画しましょう。
LOCATION
立地
アクセス
【福江港から定期船を利用する場合】
福江港から久賀島・田ノ浦港まで、高速船で約20分、フェリーで約34分。
田ノ浦港から来訪者用駐車場まで車またはタクシーで約40分。
駐車場から旧五輪教会堂まで徒歩約10〜15分です。
【海上タクシーを利用する場合】
福江港から五輪港付近まで海上タクシーで約25分が目安です。
運航条件、発着場所、料金などは事業者へ事前に確認してください。
久賀島内に路線バスはありません。タクシーやレンタカーの台数も限られるため、船便を決める際に島内交通も予約しておくことをおすすめします。
NOTES
備考
・内部見学は個人・団体を問わず事前連絡が必要です。
・ウェブ申し込みは原則として訪問日の2日前までです。
・旧五輪教会堂ではミサ・宗教行事は行われていません。
・隣接する現在の五輪教会は現役の祈りの場です。
・個人鑑賞を目的とした内部撮影は可能です。
・取材、広告、ウェブメディアなど商業目的の撮影・掲載には別途申請が必要です。
・教会堂まで車や自転車で乗り入れることはできません。
・駐車場からは細い山道と海沿いの道を約10〜15分歩きます。
・久賀島内に路線バスなどの公共交通機関はありません。
・船の欠航などで訪問を中止する場合は、予約のキャンセル連絡が必要です。
・運用情報は変更される場合があるため、訪問前に公式サイトを確認してください。

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