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伝統の始まり
古巣和也(ふるす かずや)さんは、ただの漁師ではありません。40年以上にわたり海に出てきた、伝統的な「蛸壺(たこつぼ)漁」のベテランです。
「漁を始めた頃は、どこにでもタコがおったんだけどね」と古巣さんは少し寂しそうな表情を浮かべます。「それからかなり数が減ってしまって」。しかし、ここ数年は少しずつ水揚げ量が回復してきており、最近の漁模様には手応えを感じているそうです。
日本の蛸壺漁の歴史は古く、弥生時代(2,000年以上前)にまで遡ります。当時から漁師たちは、「暗くて狭い隙間に隠れる」というタコの習性を利用して漁を行っていました。かつて使われていた素焼きの土器(素焼き壺)は、20世紀後半になると、軽くて丈夫なプラスチック製の専用壺へと進化しました。この現代の壺には、タコが中に入ると自動で閉まる仕掛け(自動扉)が付いています。土器からプラスチックへと素材は変わっても、「人工の隠れ家を海に沈め、タコが入るのを待つ」という本質的な手法は、2,000年以上もの間まったく変わっていません。
蛸壺漁のこだわりと現実
奈留島において、プラスチック製の仕掛けをいち早く取り入れたのが古巣さんでした。引き揚げる際にタコが逃げ出さない自動扉の導入により、漁の効率は劇的に向上しました。漁師たちが伝統的な土器からプラスチック製へと切り替えた最大の理由は、この作業効率の高さにありました。
しかし、仕掛けが自動で閉まるようになったことで、新たな問題も生まれました。狭い場所に閉じ込められたタコが、強いストレスから自分の足を食べてしまう「自傷行為」を起こすようになったのです。ストレスやパニックによる神経系の過負荷が原因とされていますが、幸いにもこうした事態が起きるのは水揚げ全体の10%以下にとどまっています。
手間の暇がかかる蛸壺漁は、底引き網(トロール漁)などの近代的な大量捕獲法に比べると、水揚げ量の面でははるかに非効率です。ではなぜ、今もこの漁法が残っているのでしょうか?
その理由は、素材の品質を何よりも重んじる「日本の食文化」にあります。網漁などは一度に大量の魚介を獲ることができますが、網の中で揉まれることで繊細な吸盤がちぎれ、皮が傷つき、強いストレスで身にアザができて品質が落ちてしまいます。さらに、もう一つの大きな理由は「五島列島ならではの地形」です。岩場やくぼみが多い複雑な海底地形は、網を引き回すことができないため、蛸壺漁こそが最適な漁法なのです。
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初めての蛸壺漁体験!
今回私たちは、古巣さんが実施している「蛸壺漁体験ツアー」に参加し、日課の仕掛けチェックに同行させてもらいました。観光客向けの体験ツアーは定期的に行われているものの、まだ知る人ぞ知る穴場の体験アクティビティです。
当日は2箇所の漁場を回りました。各ポイントには、全長300メートルにも及ぶ1本の幹縄(みきなわ)に、250個もの壺が繋がれて沈められています。
漁場へ向かう道中には、点在する無人島や荒々しい岩肌、どこまでも続く水平線、そして場所ごとに表情を変える海流など、息をのむような美しいロケーションが広がっていました。そんな大自然の絶景に加え、仕掛けを引き揚げ、壺からうまくタコを追い出し、船上の生け簀(いけす)へ移す一連の作業は、大興奮の連続でした。この日引き揚げた500個の壺から獲れたタコは18匹。「大漁だ!」と喜ぶ私たちに対し、古巣さんは「今日はかなり少ない方だよ。一番多かった時は1回で53匹獲れたからね」と笑いながら教えてくれました。
体験を終えて
体はすっかり疲れ切っていましたが、心は爽快感でいっぱいでした。港に戻ると、古巣さんから1人1匹ずつタコをお土産にいただき、事務所で温かいお茶を飲みながら楽しくおしゃべりを楽しみました。
伝統技術を肌で学び、最高の思い出と感謝の気持ちに包まれた、忘れられない特別な一日となりました。
